これから日本は「ネオ・江戸時代」になる


東北地方太平洋沖地震の影響


 対象:マルクス主義
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今回は、読書感想の記事になります。

いまは3月下旬。三寒四温の時期を経て、あと2週間もすれば桜が満開になります。卒業式から入学式にかけてのこの時期は、日本でも一番美しく、良い季節がスタートします。

ところが、今回ばかりは全てが異常です。3月11日に起こった東北地方太平洋沖地震の影響で、関東一円で大規模な輪番停電を実行。TVや新聞は常に震災関連を報じ続け、店頭では食料品不足。ガソリンスタンドでは長蛇の列ができ、東北地方では未だ避難所に物資が届きません。さらには原発の大事故で、予想もしなかった放射能汚染に東日本全体が晒されています。たった1日でこのような異常事態に陥るとは、誰が予想できたでしょうか。


思うことがあって、3月の初旬に手にした本を今読んでいます。『江戸・キューバに学ぶ"真"の持続型社会』という本です。これは江戸やキューバといった個別の都市に関する研究書ではなく、私たちに対してエネルギー・食料についての根本的な思考転換を迫る提案書です。

去年「プチ自給自足」についてのメルマガを発刊したこともあって、エネルギー・食料を他者に依存することの危険性を何となく感じ始めていた私は、本書のタイトルを見てすぐに読むことを決めました。ところがその後の大災害によって、ここまで心に響く読書になるとは思ってもいませんでした。

今回の大災害で、東北や関東地方を悩ませているのは、大きくひとまとめに言えば「エネルギー問題」です。原発が爆発したもの、大規模に停電しているのも、ガソリンが不足しているのも、水が不足しているのも、全てはエネルギーの問題です。最近ではライフラインとい言い方をしますが、この表現は誤解を招きます。その理由は後で述べます。

エネルギー問題というのは、その社会システムに密接に関連しています。社会が違えば、エネルギーの需要・供給は全く異なります。

例えば、現代の日本では毎日1人当たり、約10万キロカロリーの化石燃料を使用しています。石油に換算すると約10リットル。車で10リットルの燃料といえば、さほど大きくありませんが、子供も赤ちゃんも頭数に入れて1人当たり1日当たりの量ですから、相当な量です。一方で、江戸時代の1人当たりの化石燃料使用量を、今と同じ基準で計算すれば「ゼロ」です。車もなくコンロもなく、トラクターもない生活ですので当然です。そんなエネルギーを使わない江戸時代の生活でも、食料自給率は100%でした。現在の日本の食料自給率は40%台ですから、いかに現代生活の無駄が多いかが分かります。


「江戸時代は資源もモノも無かったから、リサイクルして使うしか無かった」 ー 確かにこれは一面を表していますが、現代と比べるともっと大きな枠組みが根本から違っていたようです。

産業革命以来、モノを大量生産・大量流通することが可能になり、どの国でもモノづくりに邁進してきました。その為に各組織はどんどん大規模になりました。産業革命以前の昔はずっと、エネルギーや食料を生産するのは「家庭」でした。火は薪で起こし、田畑は家畜で耕し、移動は家畜や人力です。家庭で生産したエネルギーを家庭で使う。いわゆる自給自足の生活です。それが火災や水害など自然災害を経験することで、「地域社会」での共同エネルギー生産に移行しました。地域での共生です。やがて地域間抗争を経て、「国」単位でのエネルギー生産へと移行しました。エネルギーを、国家や企業が一括生産するという段階です。

全てのモノづくりが大規模になると、水も電力も食料も、国家や専門の大企業が、一括して大量に生産するようになります。この流れから、火力発電や原子力発電などの大規模で効率的なエネルギー生産が必然となってくる訳です。この段階では、エネルギー生産や流通に必要な施設は全て国家や大企業が管理し、その施設を「ライフライン」などと呼びます。その名前の通り、これらの水・電気といったエネルギーがないと人間は生きていられません。その生命線を、国家や大企業が握っているということです。常にモノを大量生産して、マネーの売買を繰り返し、成長し続けなければ成り立たない経済システムが、現在のものです。


その一方で、産業革命以前はもっと身近な範囲でしかエネルギーを生産していませんでした。江戸時代では自給自足できる範囲がほとんどで、材木等の植物を主なエネルギー源としていました。一定の範囲ならば、植物は枯渇しません。そして着物の仕立てや直し、道具の修理、肥料のリサイクルなど一部の専門分野のみを他人(行商人など)に依頼する形を取っていました。つまり、ライフライン=生命線を国家に握られていた訳ではないのです(年貢制度はありますが、あくまで税金の一種)。常に経済成長しないと成り立たないシステムではなく、天候次第で自分たちが生産した食料やエネルギーを使って永続的に生きていくことができたシステムという訳です。

ちなみに江戸時代が終了した原因は、その循環システムが破綻したのではなく、外部からの侵入者によるものでした。ところが、現代の大量生産に基づく経済システムは、システム自体が破綻しようとしています。その現れが今、日本で起こっているエネルギー問題なのです。


江戸時代と比べて、現代はエネルギー効率がとても悪い訳ですが、その原因は主に2つあります。1つ目は、エネルギー生産を一括で外部(国家等)に丸投げしていること。2つ目は、エネルギーの無駄使いが激しいことです。

1つ目のエネルギー生産丸投げについては、国家による国民の支配システムと言って良いでしょう。これはペットにつける首輪に似ています。飼い主である人間は、ペットが万一暴れたらいけませんから、首輪をつけておきます。国民の主人たる国家は、ライフラインという名の首輪を国民につけている訳です。生きるためには、主人に依存するしかありません。この仕組みの危険な点は、飼い主が健康であるうちは良いのですが、飼い主が乱心したり健康を害した場合に、ペットはもはや生きてゆけないということです。なぜなら飼い慣らされたペットは、野生の本能、つまり一人で生きる知恵が既に無くなっているからです。

私も含めて、急にガソリンが使えなくなったり、スーパーで食料が品薄になったり、予測できない停電が起こったりすると、慌てふためいてしまいます。冷蔵庫はどうしよう、暖房はどうしよう、お風呂にも入れない、明日食べる食事がない・・・。江戸時代以前には誰もが出来ていたはずの、各家庭での燃料調達、食料調達がもはや出来ないのです。そして、その理由は、これらを学校で教わっていないからです。生きる上で大切なこれらの知恵は、昔は家庭で小さな頃から教わっていたはずですが、現代では教えません。それはそうです。誰もが自給自足できてしまえば、国家は経済成長しませんし、税金もほとんど入ってこなくなります。自給自足の知恵を教育することは、国家にとって非常に都合が悪いことなのです。


そして2つ目のエネルギー無駄遣いについては、本書に分かりやすい例が示されています。一部を引用します。

-----(引用開始)-----
「こんなのは嫌だ。めざしやいわしより、サシの入った松阪牛のステーキのほうがいい」という人はいるかも知れない。もちろん、お好きなものを召し上がればいいが、江戸の人たちが食べていた食品の大部分は地元産なのである。(中略)

それに、省エネだという家電製品。あれは省エネといっても、人間が楽をするための、人間活動の省エネのためのコマーシャルである。床にいろいろなものをばらまいて、掃除機で吸い込む。あんな平らなとこは、箒ではけばいいのである。箒ではけば15秒ぐらいで終わる・・・(中略)

皆さんもご承知の、いかにして痩せるかというコマーシャルだ。"現代"の生活をしていれば太るに決まっているのに、太ったら今度は機械やら、ダイエット食品を買って痩せようというわけである。グルメにも金がかかかる。体力を節約するのにも金がかかる。痩せるのにも金がかかる。部分痩せとかいって超音波発生機を使ったり、馬の鞍みたいなのに乗ってグルグル揺れたりしている。これ(※引用者注:上記の一連の商売のこと)をグルでやってたら犯罪である。ばらばらにやっているからまだ許せるが、そんなことをするなら、ごちそうを食べないで、番付に出ている(※引用者注:別頁に江戸時代の人気食品番付が紹介されている)江戸時代のようなものを食べて、箒で掃除していれば、私みたいにただで太らずにいられる。
-----(引用終了)-----

これを読むと、確かに現在の経済システムは末期に来ていることが分かります。ふつうの体型の人をわざわざ太らせて、そして痩せさせる。その無駄な活動がGDPを上げます。本来は無いはずの需要を、無理矢理作っているという段階にあるのです。成長し続けなければ成り立たないシステムというのは、永遠に人口が増え続け、需要が増え続ければ成り立つかも知れません。しかし、地球の面積は限られています。


上記2つのエネルギー問題を解決するキーは、下記の点ではないでしょうか。まず、現代のような無駄をなくすこと。エネルギーは循環可能なものを利用すること。そして家族や個人といった小さい単位で、独立してエネルギー生産すること。江戸時代には、全てこれらは実現されていました。

しかしこのエネルギー問題を解決するには、社会システム自体が変革する必要があります。というよりも、既に変革に向かっているのかも知れません。現在の拡大型経済システムの本質は、モノを増やす=マネーを増やすことです。これまで多くの人は、究極の夢として大金持ちになり、豪華なモノを所有して、豪勢に暮らすことをイメージしていました。これは拡大型の経済システムと符合するものです。しかし、この経済システム自体が崩壊しつつある今、従来の「大金持ち」になるという夢は、過去の価値観ということになります。大金持ち=モノの所有=成功という価値観は古くなるということです。

従来のように、成功すれば大金持ち、失敗すれば衣食住もままならない、という経済システムはいずれ無くなるでしょう。日本の江戸時代のような、つつましい生活が基本となります。誰もが「贅沢は出来ないけれども、衣食住を脅かされる心配はない」という生活に向かいます。以前は、経済やモノに向いていた関心は、もっと精神的なものに向かうはずです。芸術や音楽などの文化面が主役になるのではないでしょうか。

その意味で理想に近かった江戸時代を、より近代的な形で実現しているのがキューバです。江戸時代とは違い、自動車もありますし、飛行機もあります。それでも循環型という意味で日本の江戸時代に近く、モノは修理して何度もリサイクルします。食料の自給率も大きく日本を越えています。キューバを端的に紹介した次の一節が分かりやすいと思います。


-----(引用開始)-----
 現在、日本の自給率は食料で40%、木材で10%、エネルギーでは原子力を除けば4%にすぎない。国際金融情勢の変化であれ、異常気象災害であれ、海外からの物資やエネルギーフローが突然途絶した場合は、阿鼻叫喚の地獄絵図を示すことは想像するに難くない。

 世界のエコロジカル・フットプントからも、すでにこの惑星の資源再生力をとっくに超えていることは明らかだ。にもかかわらず、日本で日々豊かな暮らしが維持できているのは、いま開発途上国で生きる人々や未来の子孫たちの資源を「搾取」しているからに他ならない。だが、地球は生態学的に言えば閉鎖系である。いずれクラッシュが訪れる。そして、キューバは、どの先進諸国もいずれは経験するはずであろう未来のクラッシュを政治的な特殊事情からいちはやく経験してしまった国なのである。
-----(引用終了)-----

ここから分かる通り、キューバは米国からの経済封鎖も受けている社会主義国家、いや独裁国家ともいえるでしょう。キューバはこの資源のない八方塞がりの状態の中でも、循環型のエネルギー政策を採用して、WHOやユニセフ、世界銀行から評価されている幸福度の高い社会を実現しています。ここの表現を借用すれば、日本も「未来に起こるクラッシュを、天災という特殊事情からいち早く経験してしまった」ということになるのかも知れません。


幸いなことに日本には技術があります。エネルギー利用に関する技術もありますし、モノづくりの技術もあります。しかも、過去に江戸時代という高度な循環型社会を、既に成功させていた訳です。経済システムの転換さえできれば、最も未来的な社会へと生まれ変われる可能性があります。「ネオ・江戸時代」とでも呼べるのではないでしょうか。まずは今の国家危機を乗り切り、キューバの例などを参考にしながら、何とか未来を切り開いていきたいものです。


本書の感想は以上です。他にも過去読んだ本の感想などをこちらにアップしています
 

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