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これから日本は「ネオ・江戸時代」になる

2011年3月20日

今回は、読書感想の記事になります。

いまは3月下旬。三寒四温の時期を経て、あと2週間もすれば桜が満開になります。卒業式から入学式にかけてのこの時期は、日本でも一番美しく、良い季節がスタートします。

ところが、今回ばかりは全てが異常です。3月11日に起こった東北地方太平洋沖地震の影響で、関東一円で大規模な輪番停電を実行。TVや新聞は常に震災関連を報じ続け、店頭では食料品不足。ガソリンスタンドでは長蛇の列ができ、東北地方では未だ避難所に物資が届きません。さらには原発の大事故で、予想もしなかった放射能汚染に東日本全体が晒されています。たった1日でこのような異常事態に陥るとは、誰が予想できたでしょうか。


思うことがあって、3月の初旬に手にした本を今読んでいます。『江戸・キューバに学ぶ"真"の持続型社会』という本です。これは江戸やキューバといった個別の都市に関する研究書ではなく、私たちに対してエネルギー・食料についての根本的な思考転換を迫る提案書です。

去年「プチ自給自足」についてのメルマガを発刊したこともあって、エネルギー・食料を他者に依存することの危険性を何となく感じ始めていた私は、本書のタイトルを見てすぐに読むことを決めました。ところがその後の大災害によって、ここまで心に響く読書になるとは思ってもいませんでした。

今回の大災害で、東北や関東地方を悩ませているのは、大きくひとまとめに言えば「エネルギー問題」です。原発が爆発したもの、大規模に停電しているのも、ガソリンが不足しているのも、水が不足しているのも、全てはエネルギーの問題です。最近ではライフラインとい言い方をしますが、この表現は誤解を招きます。その理由は後で述べます。

エネルギー問題というのは、その社会システムに密接に関連しています。社会が違えば、エネルギーの需要・供給は全く異なります。

例えば、現代の日本では毎日1人当たり、約10万キロカロリーの化石燃料を使用しています。石油に換算すると約10リットル。車で10リットルの燃料といえば、さほど大きくありませんが、子供も赤ちゃんも頭数に入れて1人当たり1日当たりの量ですから、相当な量です。一方で、江戸時代の1人当たりの化石燃料使用量を、今と同じ基準で計算すれば「ゼロ」です。車もなくコンロもなく、トラクターもない生活ですので当然です。そんなエネルギーを使わない江戸時代の生活でも、食料自給率は100%でした。現在の日本の食料自給率は40%台ですから、いかに現代生活の無駄が多いかが分かります。


「江戸時代は資源もモノも無かったから、リサイクルして使うしか無かった」 ー 確かにこれは一面を表していますが、現代と比べるともっと大きな枠組みが根本から違っていたようです。

産業革命以来、モノを大量生産・大量流通することが可能になり、どの国でもモノづくりに邁進してきました。その為に各組織はどんどん大規模になりました。産業革命以前の昔はずっと、エネルギーや食料を生産するのは「家庭」でした。火は薪で起こし、田畑は家畜で耕し、移動は家畜や人力です。家庭で生産したエネルギーを家庭で使う。いわゆる自給自足の生活です。それが火災や水害など自然災害を経験することで、「地域社会」での共同エネルギー生産に移行しました。地域での共生です。やがて地域間抗争を経て、「国」単位でのエネルギー生産へと移行しました。エネルギーを、国家や企業が一括生産するという段階です。

全てのモノづくりが大規模になると、水も電力も食料も、国家や専門の大企業が、一括して大量に生産するようになります。この流れから、火力発電や原子力発電などの大規模で効率的なエネルギー生産が必然となってくる訳です。この段階では、エネルギー生産や流通に必要な施設は全て国家や大企業が管理し、その施設を「ライフライン」などと呼びます。その名前の通り、これらの水・電気といったエネルギーがないと人間は生きていられません。その生命線を、国家や大企業が握っているということです。常にモノを大量生産して、マネーの売買を繰り返し、成長し続けなければ成り立たない経済システムが、現在のものです。


その一方で、産業革命以前はもっと身近な範囲でしかエネルギーを生産していませんでした。江戸時代では自給自足できる範囲がほとんどで、材木等の植物を主なエネルギー源としていました。一定の範囲ならば、植物は枯渇しません。そして着物の仕立てや直し、道具の修理、肥料のリサイクルなど一部の専門分野のみを他人(行商人など)に依頼する形を取っていました。つまり、ライフライン=生命線を国家に握られていた訳ではないのです(年貢制度はありますが、あくまで税金の一種)。常に経済成長しないと成り立たないシステムではなく、天候次第で自分たちが生産した食料やエネルギーを使って永続的に生きていくことができたシステムという訳です。

ちなみに江戸時代が終了した原因は、その循環システムが破綻したのではなく、外部からの侵入者によるものでした。ところが、現代の大量生産に基づく経済システムは、システム自体が破綻しようとしています。その現れが今、日本で起こっているエネルギー問題なのです。


江戸時代と比べて、現代はエネルギー効率がとても悪い訳ですが、その原因は主に2つあります。1つ目は、エネルギー生産を一括で外部(国家等)に丸投げしていること。2つ目は、エネルギーの無駄使いが激しいことです。

1つ目のエネルギー生産丸投げについては、国家による国民の支配システムと言って良いでしょう。これはペットにつける首輪に似ています。飼い主である人間は、ペットが万一暴れたらいけませんから、首輪をつけておきます。国民の主人たる国家は、ライフラインという名の首輪を国民につけている訳です。生きるためには、主人に依存するしかありません。この仕組みの危険な点は、飼い主が健康であるうちは良いのですが、飼い主が乱心したり健康を害した場合に、ペットはもはや生きてゆけないということです。なぜなら飼い慣らされたペットは、野生の本能、つまり一人で生きる知恵が既に無くなっているからです。

私も含めて、急にガソリンが使えなくなったり、スーパーで食料が品薄になったり、予測できない停電が起こったりすると、慌てふためいてしまいます。冷蔵庫はどうしよう、暖房はどうしよう、お風呂にも入れない、明日食べる食事がない・・・。江戸時代以前には誰もが出来ていたはずの、各家庭での燃料調達、食料調達がもはや出来ないのです。そして、その理由は、これらを学校で教わっていないからです。生きる上で大切なこれらの知恵は、昔は家庭で小さな頃から教わっていたはずですが、現代では教えません。それはそうです。誰もが自給自足できてしまえば、国家は経済成長しませんし、税金もほとんど入ってこなくなります。自給自足の知恵を教育することは、国家にとって非常に都合が悪いことなのです。


そして2つ目のエネルギー無駄遣いについては、本書に分かりやすい例が示されています。一部を引用します。

-----(引用開始)-----
「こんなのは嫌だ。めざしやいわしより、サシの入った松阪牛のステーキのほうがいい」という人はいるかも知れない。もちろん、お好きなものを召し上がればいいが、江戸の人たちが食べていた食品の大部分は地元産なのである。(中略)

それに、省エネだという家電製品。あれは省エネといっても、人間が楽をするための、人間活動の省エネのためのコマーシャルである。床にいろいろなものをばらまいて、掃除機で吸い込む。あんな平らなとこは、箒ではけばいいのである。箒ではけば15秒ぐらいで終わる・・・(中略)

皆さんもご承知の、いかにして痩せるかというコマーシャルだ。"現代"の生活をしていれば太るに決まっているのに、太ったら今度は機械やら、ダイエット食品を買って痩せようというわけである。グルメにも金がかかかる。体力を節約するのにも金がかかる。痩せるのにも金がかかる。部分痩せとかいって超音波発生機を使ったり、馬の鞍みたいなのに乗ってグルグル揺れたりしている。これ(※引用者注:上記の一連の商売のこと)をグルでやってたら犯罪である。ばらばらにやっているからまだ許せるが、そんなことをするなら、ごちそうを食べないで、番付に出ている(※引用者注:別頁に江戸時代の人気食品番付が紹介されている)江戸時代のようなものを食べて、箒で掃除していれば、私みたいにただで太らずにいられる。
-----(引用終了)-----

これを読むと、確かに現在の経済システムは末期に来ていることが分かります。ふつうの体型の人をわざわざ太らせて、そして痩せさせる。その無駄な活動がGDPを上げます。本来は無いはずの需要を、無理矢理作っているという段階にあるのです。成長し続けなければ成り立たないシステムというのは、永遠に人口が増え続け、需要が増え続ければ成り立つかも知れません。しかし、地球の面積は限られています。


上記2つのエネルギー問題を解決するキーは、下記の点ではないでしょうか。まず、現代のような無駄をなくすこと。エネルギーは循環可能なものを利用すること。そして家族や個人といった小さい単位で、独立してエネルギー生産すること。江戸時代には、全てこれらは実現されていました。

しかしこのエネルギー問題を解決するには、社会システム自体が変革する必要があります。というよりも、既に変革に向かっているのかも知れません。現在の拡大型経済システムの本質は、モノを増やす=マネーを増やすことです。これまで多くの人は、究極の夢として大金持ちになり、豪華なモノを所有して、豪勢に暮らすことをイメージしていました。これは拡大型の経済システムと符合するものです。しかし、この経済システム自体が崩壊しつつある今、従来の「大金持ち」になるという夢は、過去の価値観ということになります。大金持ち=モノの所有=成功という価値観は古くなるということです。

従来のように、成功すれば大金持ち、失敗すれば衣食住もままならない、という経済システムはいずれ無くなるでしょう。日本の江戸時代のような、つつましい生活が基本となります。誰もが「贅沢は出来ないけれども、衣食住を脅かされる心配はない」という生活に向かいます。以前は、経済やモノに向いていた関心は、もっと精神的なものに向かうはずです。芸術や音楽などの文化面が主役になるのではないでしょうか。

その意味で理想に近かった江戸時代を、より近代的な形で実現しているのがキューバです。江戸時代とは違い、自動車もありますし、飛行機もあります。それでも循環型という意味で日本の江戸時代に近く、モノは修理して何度もリサイクルします。食料の自給率も大きく日本を越えています。キューバを端的に紹介した次の一節が分かりやすいと思います。


-----(引用開始)-----
 現在、日本の自給率は食料で40%、木材で10%、エネルギーでは原子力を除けば4%にすぎない。国際金融情勢の変化であれ、異常気象災害であれ、海外からの物資やエネルギーフローが突然途絶した場合は、阿鼻叫喚の地獄絵図を示すことは想像するに難くない。

 世界のエコロジカル・フットプントからも、すでにこの惑星の資源再生力をとっくに超えていることは明らかだ。にもかかわらず、日本で日々豊かな暮らしが維持できているのは、いま開発途上国で生きる人々や未来の子孫たちの資源を「搾取」しているからに他ならない。だが、地球は生態学的に言えば閉鎖系である。いずれクラッシュが訪れる。そして、キューバは、どの先進諸国もいずれは経験するはずであろう未来のクラッシュを政治的な特殊事情からいちはやく経験してしまった国なのである。
-----(引用終了)-----

ここから分かる通り、キューバは米国からの経済封鎖も受けている社会主義国家、いや独裁国家ともいえるでしょう。キューバはこの資源のない八方塞がりの状態の中でも、循環型のエネルギー政策を採用して、WHOやユニセフ、世界銀行から評価されている幸福度の高い社会を実現しています。ここの表現を借用すれば、日本も「未来に起こるクラッシュを、天災という特殊事情からいち早く経験してしまった」ということになるのかも知れません。


幸いなことに日本には技術があります。エネルギー利用に関する技術もありますし、モノづくりの技術もあります。しかも、過去に江戸時代という高度な循環型社会を、既に成功させていた訳です。経済システムの転換さえできれば、最も未来的な社会へと生まれ変われる可能性があります。「ネオ・江戸時代」とでも呼べるのではないでしょうか。まずは今の国家危機を乗り切り、キューバの例などを参考にしながら、何とか未来を切り開いていきたいものです。


本書の感想は以上です。他にも過去読んだ本の感想などをこちらにアップしています

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MT車(マニュアル車)運転免許

2010年7月 9日

MT車(マニュアル車)運転免許を取得しようとする女性は増えているようです。


教習所で、MT車の免許を取得するまでをレポートしたサイトがありますので御紹介します。

女性タレント黒沢琴美さん
●絶対取得!!マニュアル免許への道

http://autoc-one.jp/carlife/mt-licence/0002.html

 

MT車最短攻略マニュアル

MT車攻略マニュアルMT車の運転の仕方を、3日で攻略できる教材。マニュアル車の運転方法・コツをまとめたプログラム。


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シフトダウン・ヒールアンドトゥなど運転テクニック集

2010年6月10日

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「もっと上手い運転が出来るようになりたい」

そう思うことはありませんか?
ある程度運転に慣れてきたら、より上のステップに行きたいと思うものです。

 

そこで挑戦したいのが、スポーツドライビング。
スポーティな運転は、何もレース場だけでしか楽しめないのではありません。
スポーツドライビングの極意は、実はスムーズさです。
その要となる「G」をマスターすれば、公道でも安全かつキビキビとした運転が楽しめるようになるのです。


周囲に迷惑を掛けることなく、グングン運転が上手くなる、中級者のバイブルです。
是非その中身を知って下さい。


この冊子の特徴は...

  • 普通の道を走るのが楽しくなる
  • いざという時の危険回避の技術が身に付く
  • 漠然と走っていた運転に目標ができる
  • モータースポーツの「入門の入門」になる


たとえば、交差点やカーブで周りの車を見てみましょう。前後にゆらゆら車体を揺らしながら曲がる車もいれば、臆病なほどにスピードを落として、後続車からクラクションを鳴らされながら曲がる車もいます。こうした運転でも、教習所は卒業できてしまいますし、これ以上の運転技術を学ぶ機会は、一般ドライバーにとって、ほとんどありません。

一方モータースポーツを学んでいるドライバーは、Gを意識してコーナーリングをします。そのため、曲がる際の車体の角度は一定ですし、早い速度でカミソリのように鋭く曲がっていきます。

これを、一般ドライバーがそのまま公道で再現するのは無理があります。第一にGを意識しながらの運転はとても奥が深く、モータースポーツの世界に進もうとする場合は、本格的な理論の勉強が必要になります。また公道では、歩歩行者も自転車もスクーターも共存する、みんなの公共物ですのでそのままスポーツ走行をするのは難しいものです。一歩間違えれば、マナーを無視した危険運転になってしまいます。

しかし、本書で紹介しているように、公道でも応用できる、スポーツドライビングの考え方はたくさんあるのです。特に、基礎的な「G」の考え方を知っておくだけでも、見違えるように運転がスムーズになります。


そこで、本書では次のような方に向けて、
スポーツドライビングの基礎の基礎をやさしく解説しています。

  • 運転をもうワンステップ上達させたい
  • モータースポーツには興味があるが、入門書を読むほどではない
  • MT車をもっと上手く操れるようになりたい
  • いざという時でも対応できるような運転技術を身につけたい

 

シフトダウン・ヒールアンドトゥなど運転テクニック集


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歴史から消された日本人の美徳/黄文雄

2010年5月25日

親日国家であると言われる台湾の筆者。
本書では、身近な例を出しながら、中国人の漢文化と、日本人の和文化を比較しています。

特に、村八分の話は興味深いと思いました。日本のムラ文化である「村八分」とは、美しい文化だ、と筆者は言います。この理由を聞いて納得しました。私は、村八分の本当の意味を知りませんでした。

その他、気づいた点は下記の通りです。


・日本では「山の神様」とか「森の神様」などの言い方があり、神社やお寺は鬱蒼と茂った林や森や山の中にある、というのが一般的なイメージ。町中にある神社も、木立に囲まれていることが多く、そのあたりは以前に人々が「神が存在する」と信じていた森だったことを示している。つまり至る所にある自然に、神々が宿っていると考えていた。

・一方中国では、神は自然に宿るのではなく、天からまっすぐやってきたと考える。そのため、直接的な現世利益を薦める。そのため、寺院も自然界とは無縁で、禿げ山に建っていたり、ごみごみした町中に存在するという。確かに香港で見る寺院も、日本人からすると違和感がある。本殿があるべき場所に自販機があったり、荘厳さを感じにくい印象があった。

・またこの中国の宗教感は、商売にも通じているようだ。一般的な日本人は、お金儲けに邁進する姿を嫌う傾向があるが、中国人は寛容であるそうだ。

・中国人との比較だけではなく、世界中で日本人だけしかもっていないアイデンティティは、「和を持って尊しとする」という精神のようだ。聖徳太子が唱えたことだが、皆が共存する為に、自我(エゴ)を抑えるという精神だ。意見が対立するのは、人間同士だから当たり前であって、対立があった場合にいかに共存できる道を探るかというのが、日本人のテーマであった訳だ。

・日本では外国文化を日本のもののように「消化」するが、他国ではこのようなことをしないそうだ。例えば日本人は数有る中華料理の1メニューであるラーメンを、日本人なりに消化して、一つのジャンルとして確立した。でも海外では一般的に、新たな文化が入った場合はそのまま受け入れるか、拒否するかという選択が多いようだ(もちろん多少のアレンジはある)。日本は、言葉にしてもカタカナ・ひらがな・漢字を使い分けている。異文化を消化している証拠だ。

・困ったら助ける、収穫が多かったらおすそ分けする、必要以上の干渉はしない、相手の嫌がることはしない、変わった人や外部の人とも共存する道を探す、問題があったらまず自分達が反省する、といった基本的な日本人の行動規範は、聖徳太子の頃から変わっていないようだ。

・日本のムラ文化である「村八分」とは、美しい文化だ、と筆者は言う。この理由を聞いて納得した。村八分の本当の意味を知らなかった。当時、付き合い10分、という考え方が基本としてあったようだ。そのうちの2分を引いて、村八分と言うらしい。

・十分というのは、誕生、成人、結婚、死亡、法事、火事、水害、病気、旅立ち、普請のことだという。このうち、火事と死亡を除いた八分の付き合いを絶つ、ということだそうだ。つまり村八分にされても、火事の際は助けを出すし、葬式では香典も出す。これは生活基盤のほとんどが共同体の中にあって、追放することは死をを意味していたからだという。他の国ではもっと厳しい迫害に逢っていた可能性が高いという。

・漢文化では、来世という概念がないため、罪に対する意識が日本人やキリスト教文化圏とは異なるそうだ。日本でも悪いことをすると、誰も見ていなくても「お天道様が見ている」という意識があるが、中国ではそれが希薄だという。

・日本には茶道、華道、書道、弓道、柔道など、様々な「道」があるが、この真の意味を今まで認識していなかった。つまり、道とは精神的な鍛錬であって、茶、華、書などはあくまで手段だという。喫茶や華などの技術を磨きながら、段が進むにつれて精神的な研鑽が必要になる。高い精神性を身につけるために、それぞれの技能を学ぶという考え方だそうだ。つまり、分野は違えど行き着く先は一緒である。確かに、剣道や柔道の有段者は、段が進むとそれだで凶器であり、それをきちんと管理するための精神規範が必要になるはずだ。

・この「道」の意味を考えると、柔道の国際化について見方が少し変わる。オリンピック競技になるほど柔道は国際化しているが、欧米人をはじめ誰にでも分かりやすいように最近の柔道はポイント制が進んでいる。細かくポイントを重ねて、時間も読みながら戦術を立てているようだ。ポイント制は客観的で公平に見える。確かにスポーツとしてはこの方向が正しいのかも知れない。でも、それでは柔道ではなく「柔」競技ではないか。

・柔道と「道」を名乗るなら、精神規範を優先して然るべきだ。例えば、倒れていく相手に受け身を取らせるとか、負けた相手のことを考えて過度に喜びを見せないとか、そういったことを学ぶ場であるはず。従って、本来の柔道ならば競うべきはポイントではなく、どちらが「潔かったか」、どちらが「高潔な戦い」をしたかではないか。その意味で、日本人が直感的に良しとする「一本を取る柔道」は本来的だと思う。

・クリスチャンであった新渡戸稲造が、ベルギーの法学者に訪ねられた質問というのが有名だ。「宗教教育のない日本で、どうやって道徳教育ができるのか?」という問いだ。新渡戸稲造は、これに対して「武士道」がそれを担っていると答えた。

・昔、子供たちの間で流行った「ドラゴンクエスト・ダイの大冒険」というマンガ(アニメ)がある。新渡戸稲造の武士道の精神を、子供にも分かる形にした良書だと思う。

 

江戸時代やそれ以前を含めて、戦前の日本人が持っていた高い精神性を、現在の日本人はGDPの向上と引き換えに失ってしまったようです。でも根底に流れるものは変わりません。私たちも、Japanese Greats(ジャパニーズ・グレーツ)などの活動を通して、精神性の再起に寄与したいと思います。


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車庫入れのコツ

2010年5月14日

車庫入れ

写真は、「車庫入れ」に特化した運転教材です。

教習中の方でも、ペーパードライバーの方でも、
すんなり車庫入れの動きを理解して頂けます。

まずお客様から寄せられた声を、ご覧下さい。

   ★  ☆  ★ 

 

「コツをつかむ練習に最適」 K.Y.様(和歌山県)/メールより引用

返事が遅くなってしまい申し訳ないです。車庫入れマニュアル読ませていただきました。ありがとうございます。私の意見が参考になるかわかりませんが、思いついたことをコメントさせていただきます。

オートの免許を取ってからもうすぐ1年になりますが、まだまともにバック駐車ができていません。マイカーがないので、親の車と試乗車でちょっとやってみたことがあるぐらいです。練習する機会がないので下手なのは当然かもしれないですが、それでも落ち着いてやれば大丈夫だ、練習すればきっとうまくなれるだろうと思っています。実力がないのに妙に自信がついてしまっているのかもしれません。おそらく頭では大体理解できているが、失敗経験がないので本当の難しさがわかっていないためだろうと自分で思っています。

今年度の決算期で新車を買う予定(もちろんマニュアル車、たぶんデミオ)ですが、まずひたすらバックの練習をしようと思っています。なんとなく乗っているだけではバック駐車はなかなかうまくならないだろうと思いますし、初めは迷惑をかけたり、事故を起こす確率が高くなっていると思います。なので、こういったマニュアルなどで勉強してコツをつかめるまで練習するべきでしょう。バックに関してはオートマ車でコツをつかんでいたらマニュアルでもほぼ大丈夫ではないかなと思いました。

一つ疑問に思っているのは、段差や上り坂になっているところで駐車するときです。アクセルを吹かしすぎて行き過ぎて後ろに衝突なんてこともあり得ます。オートなら左足でブレーキペダルを踏むなどが考えられますが、マニュアルではどのようにするのがよいでしょうか?

駐車するときに▲▲▲は知らなかったです。前の車が何をしようとしているか予想するのが大事ですね。あと、▲▲▲でバックするのがいいというのも意外でした。とりあえず、運転してみないと始まらないので、自分でもいろいろやってみるつもりです。

   ★  ☆  ★

 

この教材は、運転の苦手な次ようのな方にお奨めします。

  • 上手な車庫入れの仕方が知りたい
  • 車のバックのコツがなかなか掴めない
  • 縦列駐車で失敗してしまう

詳細は下記のページにて

車庫入れマニュアル


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IQ200になる習慣

2010年4月27日

脳に関する様々な著書を持つ苫米地英人氏の、教育的な面をクローズアップした本です。子供を持つ親は、早いうちにこの本を読んでおけば、子供の進路に無駄なレールを敷くことは無くなるのではないかと思います。

本書で私が気づいたことは、下記の点です。


・日本は、大学をはじめ、受験と偏差値を基本にした教育体制が失敗している、と筆者は指摘している。論理的に議論を戦わせるディベートなどを重視している欧米などに比べて、日本はあくまでも、記憶力と単純作業を重視している。この日本方式は、算数の計算ドリルなどが象徴的で、これは脳の老化防止には役だっても、IQを上げることには全く役立たないという。

・IQを上げるには、あくまで考えることであり、具体的なものを、より上のカテゴリーで考えることだという。リンゴやバナナなどの具体物についてだけ考えるのではなく、それらに共通する特徴で括った「フルーツ」全体について考えてみる方が、一段上のIQに近づくという。つまり、計算ドリルのような具体的数字の計算よりも、A+B=Cなどの公式を自分で導き出すような、概念的なことに取り組むべきだという。

・この「上のカテゴリー」で考えるという方式は、アメリカなどで一般的な論理学、特に記号論理学が有効のように思える。論理の妥当性よりも、相手への気遣いを優先する文化である日本は、どうしても論理学に疎い傾向がある。感情を排した論理学が、万能だという訳では全くないが、IQを高めるという目的では確かに合理的なようだ。

・やりたい事をやって成果を残した人と、血のにじむような努力を重ねて成果を残した人と、どちらが良いか?という問いに対して、筆者は前者がより良いとしている。つまり楽しいと思えることに集中することで、ムリ無くその分野への取り組みが持続するということ。その姿を側から見ると、努力しているように見えるかも知れない。でも本人にとっては努力ではなく、ただ「ハマっているだけ」ということが往々にしてある。その形が理想だということ。

・コンフォートゾーンという考え方を、タイガーウッズを例にして分かりやすく解説していた。タイガーウッズは、自分自身について「世界のトップゴルファー」であることが「自分らしい」と思っている。なおかつ、世界のトップゴルファーであると感じる瞬間が、彼のコンフォートゾーン、つまり心地の良いゾーンだという。このように「どの状態が自分らしいか」「どの状態が心地よいか」という2つの条件が揃って、ともに高い、理想の状態に持っていけば、自然と成功するという。


・「シリアル思考」という概念を初めて知った。多くの凡人はシリアル思考に捕らわれているという。シリアル、すなわち順番にしか物事を処理できないということ。確かに自分を振り返っても、「1つのことにしか集中できない」という思いこみに捕らわれていて、スケジュールを組む時も1時~2時まで○○という風に1つのみを決めていた。仕事以外でも、基本的には1つのことしか意識していなかったように思う。

・筆者いわく、脳機能学的見地からすると、人間は本来「マルチタスク」だという。車を運転しながら、ジュースを飲みながら、音楽を聴きながら歌う、など誰もが自然にこなしている。しかも、音楽を聴くなど無意識の動作だけでなく、意識を向ける対象もマルチタスクだそうだ。仕事のメールを確認しながら、電話をしながら、企画書をまとめる、などということも訓練次第で可能だという。もちろん、それぞれの質が劣る訳ではない。

・確かに考えてみれば、都会に出れば様々な刺激があり、自然にそれを処理している。店先の看板やネオン、大音量のマイクや音楽、商品やディスプレイ、行き交う人の大声での会話、人の間を縫うように進む車や自転車。歩きながら周囲を見回したり、会話したり、他人の声に反応したり、同時にたくさんの事を自然に処理しているのが分かる。自然に処理できている、というよりも、こうした都会の方がテンションが上がるというか、脳が活発になるにつれて快を覚えているようにも思える。

・脳はマルチタスク、ということを考えると、普段の生活でいかにもったいないことをしているかに気づく。本を読んでいる時は、本を読む以外何もしていないし、ご飯を食べる時も、せいぜいTVを見るくらいだ。脳は無意識でも情報を受け取ることができるということを考えると、まだまだたくさんのことを処理できるのかも知れない。

・たとえば普通、英語など語学を学ぶ時は、しっかり意識を向けて1日3時間も勉強すると、疲れてしまう。でも日本語を覚えるのに、そんな努力をした覚えは全くないし、ランダムにたくさんの情報を得ただけだと思う。同じように、きちんと時間をとるのではなく、ランダムに混沌としたやり方で英語を聞いたり話したり書いたりすれば良いのだと思う。例えば、音楽を聴いている時に、横で英語のラジオを流しておくとか、睡眠時のBGM代わりに映画を流しっぱなしにするとかが良さそうだ。さらには、英語を学ぶだけではなくて、同時に中国語とかスペイン語とか、ランダムに聞いたり読んだりしても良いのかも知れない。


・「本で得られる情報量はたかが知れている」と前置きした上で、読書を月間100冊するように進めている。これも、「マルチタスク」の考え方に沿った方法のようだ。読みたい本を読めというのではなく、新刊などの話題のベストセラーだけを100冊集めて、好きか嫌いか、興味があるかどうかに関わらず読むという。分野を特定せずに読む、というランダム感が、脳に合っているのかも知れない。

 

今は、ネットの登場によって、あらゆる情報にアクセスしやすくなっている。たとえば、アップル社が進めているPodcastingでは、いろいろな音声やビデオでの学習を、無料で得ることができる。これらを現代の利器を最大限に活用して、スキルを上げるためには、本書のような脳機能について知ることが前提として必要かも知れない。


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洗脳支配

2010年4月17日

オウム真理教の信徒に施された洗脳を、解いたということでも有名な、苫米地英人氏の書籍のひとつです。経済と歴史に触れながら、いま現在の私たち日本人が知らずのうちにだまされていることを、分かりやすい文章で解説しています。

考えてみれば、私たちが共通の知識として信じているものは、学校での国が認定したカリキュラムの教育や、TV・新聞・雑誌といった大手マスコミの似通った情報元から得ているのがほとんどです。

本書を読んだ直後に気づいたのは、次のような点です。


・明治維新は、外資、主にイギリスやフランスの金融資本のファイナンスによって成し遂げられた。徳川幕府側へはフランスの金融が、薩摩・長州側へはイギリスの金融がファイナンス(=投資)していた。実際、ポンド建てで丸の内の銀行関連の建物がイギリス式で建築されて「一丁ロンドン」と呼ばれる町並みができた。

・「文明開化」と呼ばれた変化は、正しくは「ヨーロッパ化政策」と呼ぶべきで、文明開化と喧伝することにより、あたかもヨーロッパが先端の文明であるという、国民の意識への書き込みが行われた。その象徴として東京駅もヨーロッパ調で建築されて、皇居にもっとも近い場所がヨーロッパ調の町となった。

・実際には江戸時代に日本は既に、資源の少ない国土でも暮らすことができる、世界的に見ても高度な循環型社会を運用していた。政治制度も進んでおり、富を持つものと、権力(生殺与奪権)を持つものを分離させた、歴史上まれにみる安定社会であった。一つの問題点は、外交交渉力が相対的に低いことだった。それは島国である故の宿命だとも捉えられる。

・当時のヨーロッパが目指していた資本主義による物質化社会と日本は、価値観が根本から違った。それにも関わらず、イギリス・フランスからのファイナンスを受けた薩摩・長州勢力と幕府側とのもみ合いの中で、ヨーロッパ化を受け入れることになった。

・今日本を支配しているのは、総理や政治家や官僚ではなく、表に出てこない、旧来の薩摩・長州藩を受け継ぐ人々だという。国の利権によって、表に出てこなくても生活を脅かされることはない立場にいる。政治のトップの顔は、何か問題があれば首をすげ替えられるが、彼らの生活が脅かされることはない。

・利権の具体例はマスメディアで、法律によって強力に守られた存在となっている。電波法・放送法などによって、簡単には他の民間企業が買収できないように網を被せてある。ライブドアのホリエモンは、それら利権の元で生活している人達から退場させられたというのが、大きな視点からみた事実であるという。

・銀行の準備制度について全く知らなかった。準備率が仮に1%だとすると、個人が1万円を普通預金に預けると、その銀行は信用創造された100万円分を自由に使うことができるという。銀行の準備制度は、金融ギャンブルの「レバレッジ」と事実上同じこと。つまり金融業の免許さえ国から発行されれば、合法的に100倍、1000倍のギャンブルができるということ。

・アメリカのFRB(連邦準備制度)は、この準備率が0.1%を切っているとも言われ、そうすると証拠金がたったの1万円あれば1000万円以上もの金融取引ができる。アメリカの銀行は、日本に米国債を何百兆円も買わせることで証拠金を得ているので、その1000倍以上の取引が可能になっている。その使い道は、日本の銀行を買ったり(吸収・合併)、東京都心のビルなどの不動産を買ったりしている。この活動の大元である米国債は、日本の銀行が引き受けている訳だから、日本人が銀行に貯金をすればするほど、日本の会社とか土地は、どんどん外国人に奪われていくというのが大きな構図。

・このように、国に税金を納めるため、外国人にお金を吸い取られるために、私たち国民が働く、という今の状況を変えるには2つしかない。日本が米国債を買うことを止めるか、個人が銀行に貯金をすることを止めるか。個人ができることは、後者しかない。この他に著者が勧めるのは、貨幣価値変動に影響されない金などの実物資産で持つこと。

 


本書は、専門家らしい視点から、私たちが情報を得る場合の落とし穴を解説してくれています。あるテーマについて何の予備知識もない空白の状態の時は、最初にインプットされた情報を盲目的に信じてしまう傾向があるのは、確かにそうだと頷けます。こうした人間の脳生理学的しくみを知っておくことは大切だと感じます。


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交渉術

2010年4月17日

書店で、ビジネス書のコーナーに行けば「交渉」事に関する書籍はたくさんあります。交渉術に関する書籍は、Amazonで1234件もヒットします。言うまでもなくビジネスにおいては交渉の機会が多く、交渉力が大きく成否を左右することになります。

この本が、他の交渉術と大きく違う点は、大きな視点で書かれているという点です。この本を読むと、TVや新聞でニュースを見る視点が多少変わります。

普天間基地移設問題でも、「早く案を国民に示せ」という圧力がマスコミから掛かっています。しかし、外交交渉はそういうものではない、ということが本書では分かりやすく説明されています。

「交渉の手の内を、メディアに向かって話せ」と言っているに等しいものです。国民への説明責任を取るか、交渉自体の成功を取るかというのは、どちらか一方しか選ぶことができない。そう考えると、メディアに対するアナウンスが苦し紛れになる現状は、不思議と頷けます。

このように本書は大きな視点=国家間交渉をメインに書かれていますが、ビジネスでの交渉事にも十分に参考になります。

本書を読んだ直後に気づいたのは、次のような点です。


・国家間交渉では大きなお金が動いたり、失敗が許されないので、より慎重に動くという点が違う。

・国家間交渉では、外務省が直接交渉をするだけではなく、諜報機関を使って日頃から地均しをしており、こちらの方が重要で効果的だ。

・米国CIAなどの諜報機関は、情報を得るために対象となる人に対していろいろな方法でアプローチする。人間の動物行動学、心理学、考え方の根本体系などを、かなり研究している。酒を使って情報を引き出したり、男女関係を使って情報を引き出したりするのは当たり前。生きるための基本的なもの、例えば医療や食料、冷暖房などのエネルギーを使って(=提供して)、長期的に情報を引き出したりもする。ただし、公務員であるためリスクは犯さない。日本では、諜報機関員は5時には家に帰る。

・植民地経営と、国内政治は似ていて、「民衆の食料庫のカギを握れ」という哲学で共通している。これは過去ヨーロッパが行った植民地政策の基本でもある。この手法を使った国内政治は、現在の日本でも行われている。

・私たちは21世紀に生きているはずなのに、一度お金を取り上げられてしまえば、生存することができないようになっている。紀元前の昔でも生きるための食料調達、仲間と生きる知恵があったはずなのに、不思議とそういう知識は教わらないようになっている。そういう生きる知識を教わる代わりに、どんどんお金を使うことが奨励され、その結果税金を国に納めるように、義務教育が設計されている。

・北方領土交渉でも、日本側がこの手法を使って、北方の現地住民の「食料庫のカギを握る」戦略を進めていた。電力や医療、教育を、日本式で無償提供する。それを使い慣れると、日本側の支援なしには生きていけなくなる仕組みだ。その一環がいわゆる「ムネオ・ハウス」だった。途中経過は上手くいっていたこの交渉戦略が、鈴木宗男氏の失脚によって頓挫してしまい、今後日本は大幅な譲歩をせざるを得なくなりそうだ。

本書はビジネス書的な実務への利用だけではなく、普段のニュースを見る目が分かるような、知識が得られる本だと感じます。


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心理的(メンタル)に強くなる

2010年4月13日

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街中、繁華街や駅前を走る時
田舎道で運転に慣れてしまったので、街中に出ると交通量の多さや人の多さに気後れしてしまって...。周りの風景、特に子供の自転車とか、お店へ行き交う人の流れを見て、気遅れしてしまいます。「あぁ、この道で自分が車を運転してるんだ」などと余計なことを考えると、だんだん緊張してきて、右足に集中できなくなります。
 

狭い駐車場に、バックで入れる時
自分が運転する車の車幅感覚がつかめず、バックに自信がないのですが、車庫が狭くてブロック塀が迫ってきているので、こすらないかいつもビクビクしてしまいます。運転する前に、「出かけなきゃ、でも車庫入れイヤだなぁ」と思ってしまいます。


MT車での教習中、坂道発進する時
普通なら問題なく発進できるのに、後の車がどんどんプレッシャーを掛けてくるような気がして・・・アクセルをふかしすぎた時に音にびっくりしてアクセルとクラッチとハンドブレーキのタイミングをあわせることができずエンストしてしまいます。その時の車体がぶるぶるする感じに恐怖心が出て来てしまってます。

 

初心者ドライバーが感じる恐怖感は、主に次の4タイプに分けられます。

 

  • Aタイプ: 出来て当たり前だと思っていたのに、出来なかった型
  • Bタイプ: 車の意外な動きに恐怖を感じる、トラウマ型
  • Cタイプ: 他人の目が気になる神経質型
  • Dタイプ: 「運転が怖い」イメージを自分で増幅する型

 

これらの4つのタイプが原因となり、またはその複合型で恐怖感を感じているのです。

このページで紹介する冊子教材 『クルマ恐怖症に負けない、最強メンタル術』 では、それぞれのタイプに合わせて、心理的に強くなる方法を、実例を交えて解説しました。
プロセス指向心理学のカウンセラー、二子渉先生のアドバイスとともに、運転の苦手意識を克服する方法を伝授致します。


慣れない車の運転や、教習所の雰囲気に舞い上がらないための「最強メンタル」を手に入れませんか?

応用の利く方なら、車の運転だけでなく、勉強やスポーツ、そして、仕事にも活用できてしまうヒントがたくさんあります。

今や、オリンピックなどの競技スポーツでは当たり前、一般の人でも、より良い成果を出したいという、向上心の強い方達から注目されているのが「メンタル術」です。運転に主眼を置いた「メンタル術」を皆さんと共有したいと思います。

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「メンタルが強くなれば、腕前だってどんどん上達できる!」


●心の強さと、運転の上達には関係があるか?

車の運転にまだ慣れていない、多くの方が悩むのが、「緊張感」や「ドキドキ」ではないでしょうか?

・教習所で、初めて車を運転するという緊張感
・S字やクランクで脱輪!車がポールに当たっちゃった!
・坂道でエンストして後に下がった!
・一度失敗したことがトラウマになって、体が震えてしまう


多くの方は、「メンタルが問題」だとは思っていない方が多いようです。

ハンドルやペダルが上手く操作できない、と悩んでいる方は普通、自分の技術の問題だけだと思うでしょう。

でも実は、操作の問題ではない部分が結構あります。

焦っている状況では、不思議とうまくできないことが多いと思いませんか?
実は、そもそも車の運転には、心理的な要素が大きいんです。

 

●主な内容

★教習所で初めての車で、緊張してしまう場合は?

★教官に怒られて、ドキドキ萎縮してしまう方へ

★事前に教本などを読んで頭でイメージしているのに、教習車に乗り込むと、頭が真っ白になってしまう、頑張り屋さんのための対処法

★エンストとか脱輪、車がポールに当たってしまったのが、頭に残ってトラウマに!!そんな時にはこれが効く

★事故で、ぶつけてしまって、運転がヘタだ、もうダメだと思ってしまう人へ

 

●クルマ恐怖症に負けない、最強メンタル術

im11ori.jpg冊子版 6,400円(税込・送料別)

クリアファイル入り。教習直前まで、確認しながら使うことができます。

メンタルが強い人は、どの分野でも成功を収めやすいと言われています。運転に悩んでいる今、これをチャンスと捉えて、メンタルを成長させるきっかけにしませんか?


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吉濱勉×二子渉コラボ 「自分の限界を超えて」

2010年3月25日

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吉濱勉氏のブログを見ると、面食らう人が多いようです。
(吉濱勉の『幸せを導き出すブログ』 http://ameblo.jp/yoshihamat/

その内容は、いろいろな意味でインパクトが強いのは確か。
ブログを見た後の反応は、だいたい2つに分かれます。

その独特の雰囲気に拒否反応を示す人。
逆に、その強烈な持論にどんどん引き込まれてファンになる人。

私もそのようにして、うっかりファンになってしまった一人ですが、
今回は撮影を担当させて頂きました。

 

今回のセミナーはすごいです。
長時間に及ぶ長さもすごいのですが、その内容です。
定評のあるふたこさんのカウンセラーとしてのセミナーに加えて、吉濱氏によるエネルギーを感じさせる体験も同時にできる機会というのは、まずあり得ません。

小学校の教室ほどの広さのセミナールームに集まった、ラッキーな参加者は20名ほど。
遠方から急遽駆けつけた方もいました。
ホワイトボードを前に立つ吉濱氏は、室温やカーテンの閉まり具合などにも気を使って、しっかりと場を作っていたのが印象的でした。

「日本人が英語を苦手とするのは、聞き取り易い周波数が違うから」
とか、
「ノンカーボンという方法なら、現代病や難病も怖くない」
と言った吉濱節がしばしば飛び出します。
その度に周りからは、「えぇー!」という歓声が上がります。
淡々とした語り口からは、皆が初めて聞くような情報が次々と出てきました。

ふたこ氏のカウンセラーならではの絶妙な合いの手と相まって、
どんどんディープな話題が聞けたと思います。

もちろん、ふたこ氏のワークセッションもあり。
今回の「弔辞のワーク」は、自分でも気づいていない自分の根本を見直すことができるもの。
中には、泣き出してしまう方も。
普段気づいていなかったことに、ふと気づくことが出来たようです。

 


セミナーの特徴

・今引き合い数多の両氏が、時間を合わせるのが難しい中、なんと5時間に渡る長時間セミナーを開催。
・吉濱氏のヒーリングを使った、スペシャルな体験型セミナーです。

収録セミナーの概要

  • セミナー名「自分の限界を超えて」
  • 2009年12月12日、西荻窪の会議室にて
  • 13時30分~19時にかけてのロングセッション
  • 講師は二子渉氏、吉濱勉氏


収録した主な内容

  • カウンセラー対ヒーラー、お互いの仕事へ一言
  • 「この世の中の根元的な仕組み」を吉濱氏が解説
  • 「この世の中の根元的な仕組み」を吉濱氏が解説
  • 自分を見直す「弔辞のワーク」をグループで体験
  • 参加者を囲んでのエネルギーサークルを体験

商品名: 吉濱勉×二子渉 「自分の限界を超えて」

価格: ¥8,400(税込)
媒体: DVD 3枚組
製作: (有)セルヴェル
支払方法: 代金引換郵便
送料:315円(全国一律)

 当サイトのみでのご提供になります。

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当方にて確認後、注文確認メールをお送りしますので、内容をご確認下さい。

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●件名
吉濱勉×二子渉 「自分の限界を超えて」申込み


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