「他の車に追い抜かされてばかり」は幻想 [ユニークな新規事業、稼げる新規事業をご紹介しています。お気軽にお問い合わせ下さい。]
(2013-07-18 15:23:33) by admin


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急いでいたのに、周りの車より結局遅くなってしまった。
運転していて、そんな気持ちになったことは誰しもあるのではないでしょうか。自分なりに少しでも早く着くように車線変更したりしながら、頑張ったつもりなのに、結局自分がトロかっただけなのだろうか。なんてことを思うと、着いたとたんにドッと疲れてきてしまいます。
でもこれは、認知の歪みによるところが大きいそうです。
その理由を書いた本がこちら。
となりの車線はなぜスイスイ進むのか?――交通の科学 まずは一部引用します。

----(以下引用)
追い抜かされているという幻想

交通の常だが、列からは抜けようがないこともある。だから私は後期合流組(引用者注:合流車線をギリギリ最後まで進んでから合流すること)になったのだし、人はそんな人間に対していらだちを感じるのである。ときには、車線を変えてうまくいくこともあるが、たいていは意味がない。あるカナダのテレビ番組では、二人のドライバーに同じ通勤ルートを走らせた。一人にはできるだけ車線変更するように指示し、もう一人にはできるだけ車線変更を控えるように指示した。80分の通勤時間中、車線変更の多かったドライバーは、たった4分早かっただけだった。苦労して車線変更を重ねる意味は、およそなさそうだ。その苦労のおかげで縮まる寿命は4分どころでは済まないだろう。

多くの人がいつも車線変更してやまない理由は、トロントの疫病学者ドナルド・レデルメイヤーと、スタンフォードの統計学者ロバート・ティビシラニが行った、とても興味深い実験に示されている。二車線道路の渋滞にはまっているシミュレーション画面に被験者を座らせて「運転」をさせたのである。被験者は抜かれた車と同数の車を抜いた。すなわち、総じて周囲と同じペースで進行していた。だが、抜くときよりも抜かれる時間の方が長かった。

「となりの車線はなぜスイスイ進むのか?」(P67) ----(以上引用)

<画像:となりの車線はなぜスイスイ進むのか?――交通の科学>

アメリカ人の著者ですが、渋滞学について分かりやすく纏められていて、日本の一般的なドライバーにも参考になる箇所が多い本です。引用した箇所にあるように、2車線ある道路では、どちらの車線がより早いか、つい気になってしまう方も多いと思います。結論から言えば、どちらもさほど変わらないし、車線変更を繰り返して走っても、大きな差にはならないということです。しかも、そのときどきで早い車線へ車線変更したつもりでも、常に先読みが合っているとは限らないため、確率的には努力が無駄になるケースが多そうです。車線変更さえしなければ、後ろから来るバイクに気づかず、引っかけてしまうというリスクもない訳です。

そもそも、なぜ「追い抜かされてばかり」という感覚になるかというと、本書によれば人間の構造的問題によるそうです。人間の目は前しか見ることができません。後ろはミラーで確認できますが、前に比べれば視認性は高くありませんし、意識を集中しないといけません。自分が隣の車線の車を追い抜いた場合は、後方に消えていくと同時に意識からも消えていきます。しかし、隣の車線の車に追い抜かれた場合は、前方に現れてきてからしばらく前方に留まります。遠く先の方に消えるのには時間が掛かり、自分の車も同じ方向に進んでいきますから、しばらくの間視界の中に留まることになります。

人間は損得勘定で言うと、得をしたときよりも損をした印象の方が強く残ると言われますが、そうした心理も影響するのかも知れません。このように、視覚的、心理的な影響によって「追い抜かれた」ときの方が強烈にイメージが焼き付けれるという特徴があるようです。従って、例えば10台の車に追い抜かれて、その後その10の車を追い抜いたとしても、走り終えたときの印象としてはなんとなく「追い抜かされてばかりだった」ということになりやすいのです。


こうした心理をうまくコントロールして、より安全に早く目的地に到着する方法をまとめたのがこちらの教材です。 カーナビを使って走れば確かに、まずまず早くて安全なルートだという安心感はあります。しかし、「追い抜かれてばかり」とか「時間に間に合うかな?」という心理的なストレスには、カーナビがあるからといって改善されません。ストレスとは無縁で、最速で到着したいという方は一読してみてください。

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